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2015年7月20日月曜日

#梅田ヨドバシ 前、7月15日の反安保法制デモ、SEALDs KANSAI 寺田ともかさんのスピーチ(IWJより)

デモや集会を封じようとするかのような台風接近中の先週水曜日、そして安倍自民が #戦争法案 とも呼ばれる安保法案を強行可決したその日、全国で巻き起こる反安倍デモ、反安保体制デモと並行して、大阪駅北側の梅田ヨドバシ前も参加者らのスピーチが行われました。



IWJの岩上さんが昨夜、ツイッターで流していてたまたま視聴したのですが、この、21歳の寺田ともかさんのスピーチ、これまで聴いた中で一番感動したので、IWJの動画・書き起こしサイトからコピペ掲載させて頂きます。自分のブログでの記録のためと、マスコミが無視する重要イベントの拡散協力の一貫として。

引用ここから:
【スピーチ全文掲載】SEALDsKANSAIともかさん「安倍総理。民主主義が生きている限り、私たちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利がある。私たちは来年、戦後71年目を無事に迎えるでしょう」
 「わたしは、戦争で奪った命を元に戻すことができない。空爆で破壊された街を建て直す力もない。自分の責任の取れないことを、あの首相のように『わたしが責任を持って』とか、威勢のいい言葉にごまかすことなんてできません」 
 こう訴えたのは、寺田ともかさん(21)だ。衆院特別委員会で安全保障関連法案、いわゆる「戦争法案」が強行採決された2015年7月15日、若者ら有志の「SEALDs KANSAI」が大阪・梅田駅のヨドバシカメラ前で緊急街宣アピールを行った。この日、寺田さんがサウンドカー上で行ったスピーチは多くの反響を呼び、今もネット上で拡散し続けている。 
 「安倍首相、二度と戦争をしないと誓ったこの国の憲法は、あなたの独裁を認めはしない。国民主権も、基本的人権の尊重も、平和主義も守れないようであれば、あなたは、もはやこの国の総理大臣ではありません」 
 寺田さんは安倍総理に退陣を迫り、「民主主義がここに、こうやって生きている限り、わたしたちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利があります」と主張。「あなたはこの夏で辞めることになる。わたしたちは、来年また戦後71年目を無事に迎えることになるでしょう」と宣言した。 
 以下、スピーチの動画と、全文書き起こしを掲載する。
(原佑介) 
【寺田ともかさんのスピーチ動画(約8分30秒)】


日時 2015年7月15日(水)
場所 梅田ヨドバシカメラ前
主催 SEALDs KANSAI
■以下、ともかさんスピーチ全文書き起こし 
「こんばんは、今日はわたし、本当に腹がたってここにきました。 
 国民の過半数が反対しているなかで、これを無理やり通したという事実は、紛れもなく独裁です。 
 だけど、わたし、今この景色に本当に希望を感じてます。 
 大阪駅がこんなに人で埋め尽くされているのを見るのは、わたし、初めてです。この国が独裁を許すのか、民主主義を守りぬくのかは、今わたしたちの声にかかっています。 
 先日、安倍首相は、インターネット番組の中で、こういう例を上げていました。『喧嘩が強くて、いつも自分を守ってくれている友達の麻生くんが、いきなり不良に殴りかかられた時には、一緒に反撃するのは当たり前ですよね』って。ぞーっとしました。
 この例えを用いるのであれば、この話の続きはどうなるのでしょう。友達が殴りかかられたからと、一緒に不良に反撃をすれば、不良はもっと多くの仲間を連れて攻撃をしてくるでしょう。そして暴力の連鎖が生まれ、不必要に周りを巻き込み、関係のない人まで命を落とすことになります。 
 この例えを用いるのであれば、正解はこうではないでしょうか。 
 なぜ彼らが不良にならなければならなかったのか。そして、なぜ友達の麻生くんに殴りかかるような真似をしたのか。その背景を知りたいと検証し、暴力の連鎖を防ぐために、国が壊れる社会の構造を変えること。これが国の果たすべき役割です。 
 この法案を支持する人たち、あなたたちの言うとおり、テロの恐怖が高まっているのは本当です。テロリストたちは、子供は教育を受ける権利も、女性が気高く生きる自由も、そして命さえも奪い続けています。 
 しかし彼らは生まれつきテロリストだった訳ではありません。なぜ彼らがテロリストになってしまったのか。その原因と責任は、国際社会にもあります。9.11で、3000人の命が奪われたからといって、アメリカはその後、正義の名のもとに、130万人もの人の命を奪いました。残酷なのはテロリストだけではありません。 
 わけの分からない例えで国民を騙し、本質をごまかそうとしても、わたしたちは騙されないし、自分の頭でちゃんと考えて行動します。 
 日本も守ってもらってばっかりではいけないんだと、戦う勇気を持たなければならないのだと、安倍さんは言っていました。だけどわたしは、海外で人を殺すことを肯定する勇気なんてありません。かけがえのない自衛隊員の命を、国防にすらならないことのために消費できるほど、わたしは心臓が強くありません。 
 わたしは、戦争で奪った命を元に戻すことができない。空爆で破壊された街を建て直す力もない。日本の企業が作った武器で子供たちが傷ついても、その子たちの未来にわたしは責任を負えない。大切な家族を奪われた悲しみを、わたしはこれっぽっちも癒せない。自分の責任の取れないことを、あの首相のように『わたしが責任を持って』とか、『絶対に』とか、『必ずや』とか、威勢のいい言葉にごまかすことなんてできません。
 安倍首相、二度と戦争をしないと誓ったこの国の憲法は、あなたの独裁を認めはしない。国民主権も、基本的人権の尊重も、平和主義も守れないようであれば、あなたはもはやこの国の総理大臣ではありません。 
 民主主義がここに、こうやって生きている限り、わたしたちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利があります。力があります。あなたはこの夏で辞めることになるし、わたしたちは、来年また戦後71年目を無事に迎えることになるでしょう。 
 安倍首相、今日あなたは、偉大なことを成し遂げたという誇らしい気持ちでいっぱいかもしれません。けれど、そんな束の間の喜びは、この夜、国民の声によって吹き飛ばされることになります。 
 今日テレビのニュースで、東京の日比谷音楽堂が戦争法案に反対する人でいっぱいになったと見ました。足腰が弱くなったおじいさんやおばあさんが、暑い中わざわざ外に出て、震える声で拳を突き上げて、戦争反対を叫んでいる姿を見ました。 
 この70年間日本が戦争せずに済んだのは、こういう大人たちがいたからです。ずっとこうやって戦ってきてくれた人達がいたからです。 
 そして、戦争の悲惨さを知っているあの人達が、ずっとこのようにやり続けてきたのは、紛れもなくわたしたちのためでした。ここで終わらせるわけにはいかないんです。わたしたちは抵抗を続けていくんです。 
 武力では平和を保つことができなかったという歴史の反省の上に立ち、憲法9条という新しくて、最も賢明な安全保障のあり方を続けていくんです。わたしは、この国が武力を持たずに平和を保つ新しい国家としてのモデルを、国際社会に示し続けることを信じます。偽りの政治は長くは続きません。 
 そろそろここで終わりにしましょう。新しい時代を始めましょう。 
 2015年7月15日、わたしは戦争法案の閣議決定に反対します。今日の採決に反対します。ありがとうございました。

引用ここまで。 


国の「経済成長のため」に武器輸出を拡大させるべきという経団連の発言を堂々と肯定的に経済紙・誌が報道するご時世ですが、他国の人間であれば爆撃して焼き殺されるところを明確に想像せずに済ませようとする事なかれ主義が背景に存在します。

戦争で潤うのは一部の利権だけ。そのときは雇用促進などあっても、巡り巡って自国を破壊するに至ります。

SNSをやっていれば嫌でも理不尽な戦闘や爆撃で地獄をみる人たちの画像・映像にしょっちゅう遭遇します。ドラマでちょろっと第二次世界大戦時の国内の空襲の酷さを映すようなあんなもんではない。

本当の安全保障というのは、ともかさんが言うように、その真逆を行くものだと思います。



2015年6月28日日曜日

SEALDs 6月27日 「戦争法案に反対するハチ公前アピール街宣」 福田和香子さんのスピーチ書き起こし

NHKはまたもや黙殺したという、昨日6月27日の各地での戦争法案反対デモ、というか反安倍政権デモ、報道ステーションやツイッター、Facebookなどを通して、この動きの拡大が日に日に明らかになってきました。



なかなか参加できないので、画像や映像のついた情報拡散で精一杯ですが、たまたまさっき流れてきた福田和香子さんのスピーチ、大いに共鳴できてしまったので書き起こしました。


たった9分のスピーチだと最初の原稿から色々端折ったのだと思いますが、それでも、今回の運動だけではなく、自分の意見を言うことを是としないこの国の慣習にうんざりしてきた者としては、よくぞ代弁してくれました、という箇所多しです。強調したいところを勝手に太字にしましたw

書き起こしここから:

みなさんこんにちは! SEALDsの和香子です。 いますっごい緊張してるけど頑張って喋りますので聴いて ください。よろしくお願いします。 
先週の金曜日、毎週行われている国会前での抗議活動の様 子が報道ステーションによって全国に届けられました。 そこには、それぞれの思いをこめたプラカードを手にした 私の仲間たちの姿が映っていました。 
 私のスピーチもとりあげられていて、その場で口をついて 出てきた言葉をそのままマイクにつないだ姿に多くの反響 がありました。 続々届く友だちからの「報ステ見たよ。和香子、すごかっ たね」って言葉に、頬を緩ませたのもつかの間、インター ネットの狭いようでとっても広い隅っこでは、思わず画面 を閉じたくなるような罵詈雑言の羅列がなされていました 。 
そんな人たちを尻目に私は、きょうもここに立つことに決 めました。なぜなら私は本気だからです。 
私が皆と同じ制服を着て、毎日同じ方向に向かって座って 勉強していた頃に、空気の読めない人のことを指す「KY」 って言葉が流行りました。 その場にそぐわない発言をすると、どうやらそれに値する らしく、しかし、その他のどの流行りとも同じように、い つの間にかそれは死語になっていて、私だって最近、その 言葉が流行っていたことすら忘れていました。 
しかし、路上に出るようになって最近になってやっと気づきました。場にそぐわない発言をする者が空気の読めない人なわけじゃないんです。 どうやらこの国では、意見をもつ行為そのものが「空気が読めない」ってことになってしまうらしいです。

これってどう考えたっておかしいですよね!?

少しでも真面目に聞こえるような話をすると、「ねぇ、重たいからやめてよ」って、「私はどうでもいいけど、あなたがそう言うなら、じゃあ、私もこうするわ」って…。 同じ衣服に身を包むのをやめたとき、初めて私はこの国の人がとても臆病であることに気が付きました。

アウトサイダーにはなりたくなくて、時にはその自分の脆さを隠すがために、社会的弱者に牙を剥くそんな人間の溢れかえった社会は例に漏れず、独裁的で、そして例外的に頭の悪い権力者を生み出すこととなりました

特定秘密保護法が成立してから2年、集団的自衛権の行使容認がなされてから1年、いま、私たちは、政府が新しく作り出そうとしている安保法制に対して声をあげています。

巷では戦争法案と呼ばれるこの法案、「戦争なんて非現実的だよ」って私ももう何百回も言われました。 
 しかし、自衛隊の活動範囲が広がり、後方支援という名の下、他国の戦争に参加することが可能になる。「自分には関係ないわ」ってすました顔をしてられるのも今のうち。

多額の奨学金、数百万にものぼる事実上の借金を抱え、就職難と言われる中、社会に出ていく若者たちを、経済的徴兵制によって戦地へ送り込む。それはきっと、そんなに難しい話じゃないはずです。 
私はもちろん、戦争経験世代でもなんでもないけれど、その世代がここまで繋いできた平和と呼ばれる日常の中で生きてきました。 
70年間日本はどこの国とも戦争をしてこなかった。どんな眼の色も、どんな言語をしゃべる人にも銃口を向けるような真似はしませんでした。

戦争が一旦始まってしまえば、今まで常識だったものはそうではなくなります。 人殺しは正義とされ、流した血の量が多ければ多いほど、それは勲章として讃えられるでしょう。 
自衛隊や徴兵された若者が、日本人としてどこかの国へ出向き、銃弾を放つことで、何にも拭い去ることのできない憎悪が彼らの血の中を流れます

お隣の国、韓国に対してヘイトスピーチを繰り返す人々がいます。彼らは何度でも繰り返します。 「日韓条約でカタがついているではないか」「我々はすでに経済的な謝罪は済ませたじゃないか」と。 
そうじゃないんです。 戦争が終わる時は、その国のお偉いさんが何かよく解らないような薄っぺらい紙に調印したときではないはずです。

私は2ヶ月ほどまえに辺野古に行きました。座り込みを続ける彼らの中に、米軍の車両が通る度に、むき出しの敵意を口にする人たちがいました。

私は最後まで、その感情を共有することはできなかったけれど、それが私が唯一見た戦争の残した爪あとでした。 被害を被った側の許しを得るには、血は流さずとも闘いは続けます。 
70年前に生み出したその過ちを払拭することのないままに、戦前への道を踏み込もうとしている、そんな現政権に対し、警鐘を鳴らす。これが、今の私にできる唯一の、先の大戦での犠牲者への弔いだと思っています。

ただの大学生が、ただの一人の女が、土曜の渋谷で、こんな場所でマイクを握る。ただの一国民で、まだまだ若いお前に何ができるんだって何度も何度も言われてきました。 
「最近の若者はね」って何か分かったフリをして、悟ってくる大人の声も聞き飽きました。もちろん私はまだ何者でもありません。しかし、だからこそ、今持ちうるすべての可能性や不透明な未来を、いっときの頭の悪い権力者などに奪わせるわけにはいかないのです。 
怯え続けることを、すまし顔を続けるのを、もうやめにしませんか。

平和と言われるこの日常の中で、何もかもが用意されている中で、私たちは気づかぬうちに想像力への敬意を失いました今あるもの全てはいつの間にか、気づかない間に一瞬にして消え去ることができるんだって、そんなことすら忘れきって、もう70年間が経ってしまいました。 
無関心だった大人たちを責めるつもりはありません。ただもう、これ以上素知らぬふりを続けないでください。 
相手はたとえ立憲主義を理解していなかろうが、ポツダム宣言読んだことないって言っていようが、権力者であることには変わりありません私や私の仲間が、こうしてこの場所に、こうやって立つことで、どれだけのリスクをしょっているか、きっと想像に難くないはずです。 
けれど私はこうすることで、私自身がしょいこむリスクよりも、現政権に身を委ねた結果訪れる未来のほうが、よっぽど恐ろしく思えるのです。 
もう他人ごとではありません。
すべての国民が当事者です。 
想像力を捨て、目先の利益に捕らわれ、独裁的な権力者に首を繋がれた、そんな奴隷になりたいですか? 
私は、いま自分が持つすべての可能性をかけて、この法案と、そして安倍政権を権力の座から引きずり下ろします。 そうすることでしか私の望む、そして受け入れるにふさわしい未来がやってこないからです。 
4年前の震災で、私は被災こそしなかったけれど、それが私にとてもたくさんのことを教えてくれました。 
国や権力は助けてくれないんです。どれだけ困ってたって、黙ってても、黙ってたら手を差し伸べてくれるわけじゃないです。 ただそこに座ってたらなにか素晴らしいことがやってくる、そんなのはただの幻想でした。 
身を危険にさらして行動したからといって、必ずしも自分の望むものが手に入るとは限らない。けれど、そうすることで、もしそこに残り1%でも可能性が残っているのなら 私は全てのリスクをしょって、声を上げることをやめません。 そして、そういう同じように思ってくれる人がひとりでも多くいてくれることを心の底から願っています。 
2015年6月27日、私、福田和香子は戦争法案に反対します!

書き起こし、ここまで。


どのスピーカーも、みんなが共感できることを熱く語っていますが、特にスピーチの訓練を受けていない学生スピーカーの中で、福田さんの語りかけが魅力的なのは、肝心なところで原稿を見ないこと。特に、語尾など聴衆の反応をしっかり受け止めるべきところで、目を逸らさないところだと思います。