米国公共放送の番組。明らかにプロパガンダだらけなのですが(50分の間に例えば気候変動という表現20回、二酸化炭素という言葉が25回使われています)、日本のマスコミが報道しない世界情報もてんこ盛り~。(米中が協力する時代に日本がどういう立場か理解しておいたほうがいい。番組では当然ながら属国の下僕など全くスルーだぁ!)
ブラジルや中国のような国が登場するので、ある程度やむを得ないかもしれません。(ケイザイがどーのって付いていないと納得できない日経やWSJ信者レベルだと、こういう構成になっていないと視ないかも。)
が、国家や寡占企業に支配される構図はもう脱却したいところ。THRIVEの内容を頭においてご覧ください。
[書き起こしここから(まだノーチェック、未整理です)]
世界の人口は70億人を超えました。
エネルギー消費量は今後15年間で25%以上増加します。
2050年までには2倍近くになるとも言われています。
私たちには、本当はどの程度のエネルギーが必要なのか、そしてそれをどうやって手に入れるのか、これは地球の気候にも大きな影響を及ぼす問題です。
再生可能エネルギーも有望視されていますが、ほとんどの大国は未だに19世紀のテクノロジーに依存しています。
「安価なエネルギーに頼る時代はもう終わったのです。」
省エネ、効率化を進めれば、2030年にはエネルギー需要を30%削減できるとの試算もあります。
地質学者リチャード・アレイ@海辺
「では、どうやったらそれを実現できるのでしょうか。技術的な問題だけでなく私たちが、経済、政治、国家安全保障、雇用など、あらゆる分野でどういう選択をするのかが大きなカギになります。
私は科学者であると同時に、親であり、大学教授でもあります子どもたちの将来はやはり気がかりです。これまで南極大陸の変化や気候の歴史を研究するとともに、地球がどれだけの再生可能エネルギーを供給できるかの数値化に努めてきました。」
地質学者のリチャード・アレイは現在のエネルギー需要が地球温暖化を引き起こしていると確信しています。しかし解決策はあると考えています。
それらは風の中に、ふりそそぐ太陽の中に、発明家やエンジニアの頭の中に存在しています。
方針さえ決まれば技術的な問題は解決できます。
一国のエネルギーインフラの構築には数十年を要します。
アメリカは対応できるのか、疑問視する人もいます。
”エネルギー政策は50年という長い時間で取り組む問題なのに、アメリカの政治家ときたら選挙がある2年周期で考えているのです。”
[リチャード・アレイ]
それでも私は今よりより多くの人たちが、今よりもクリーンで持続可能なエネルギーを使って、より豊かな生活を送るようになることができると楽観しています。
2:32
”本気で自然エネルギー!
Earth: Powering the Planet”
2:41
制作 Passport Knowledge Productions (アメリカ 2012年)
地球には枯渇することのない再生可能エネルギーが満ち溢れています。
海には波や潮の満ち引きの力があります。
光合成をおこなう植物は太陽エネルギーを蓄えています。
また、風力を使うエネルギーも注目を集めています。
中でもエネルギー源として最も強力で有望なのは、私たちの毎日を明るく照らす太陽です。
地球の表面に到達する太陽光はおよそ12万テラワット。それが世界に万遍なく行き渡ったら、1平方メートルあたりおよそ240ワットになります。
リチャード・アレイがこの数字をわかりやすく説明します。
この広大な砂漠の一区画に立って、両手をこんな風に広げ、もうひとりの私も同じことをします。それぞれ60ワットの白熱電球を2つずつ、合計で4つ持つと、1平方メートルあたり240ワットになります。
大量のエネルギーです。世界じゅう昼も夜も夏も冬も平均してこれだけの太陽光が地球のエネルギー源として利用可能なのです。
ではどうすればこの膨大な太陽の力を実際に使えるエネルギーに変えられるのでしょうか。
鏡が太陽光を反射するのは誰でも知っている事ですが、反射した太陽光を集め、液体が入ったタンクに当てたらどうなるでしょうか。
液体が蒸気を発生し、タービンを動かして発電します。これが集光型ソーラ発電の仕組みです。
このアイデアは新しい物ではなく1910年頃には既に考案されていました。
考案したのはアメリカの発明家、フランク・シューマン。安全ガラスなどを発明したシューマンは太陽光を金属パイプに集中的にあて、中の液体を熱し、蒸気タービンを駆動する装置を設計をしました。
しかし当時はエネルギー源といえば石炭という時代。支援者を見つけることができなかったシューマンは、1912年、エジプトへと旅立ちます。5:07
シューマンは太陽光を集めるために、カーブした鏡を使いました。試作品の発明器でナイル川の水を綿花畑へ運ぶ事に成功します。
しかし、この発明は時代の先を行き過ぎていました。
政府の支援も得られず、第一次世界大戦の勃発とともに幕切れとなります。
[スペイン・セビリア]
それから1世紀、スペインではシューマンが考案したのとよく似ている集光型ソーラ発電機が活躍しています。
ここは、世界で最も早く始動した商業用ソーラ発電施設のひとつです。シューマンが発明したのと同様、カーブした鏡をつかって液体が流れるパイプに太陽照射を集めています。
50メガワット以上の発電量を持ち、およそ2万6000世帯に電力供給が可能です。
今後さらに大型のプラントを増設する予定です。
このプロジェクトを後押ししているのはスペイン政府。政府は集光型ソーラ発電で将来的には500メガワットの発電を目指していて、25年間の固定価格買取り制度を導入しました。
これを受け、エネルギー会社はこぞってソーラ発電の開発に乗り出しました。その後、政府の政策変更や財政危機による打撃も受けましたが、テクノロジー自体は順調に機能しています。
セビリアのプラントを設計しているアベンゴア社は世界最大規模のソーラ発電計画レザーテックプロジェクトに参画しています。
ヨーロッパや北アフリカの企業が参加するこのプロジェクトは、ヨーロッパと中東で大規模なエネルギー構想を描いています。7:04
[モロッコ]
モロッコは産油国の多い北アフリカに位置しながら、石油などの化石燃料資源がほとんどありません。そのかわりに、太陽、砂漠、無人の土地はふんだんにあります。
モロッコ政府は中小企業や個人に、中小規模のソーラ発電装置の利用を奨励してきました。
サハラ砂漠のはずれでは、テントのてっぺんにソーラパネルを設置している光景も見られます。
レザーテックプロジェクトの構想はもっと大規模です。各地への集光型ソーラ発電所の建設、ソーラーパネルや風力タービンの設置、さらにはヨーロッパへの電力供給も含まれます。
サハラ砂漠でのソーラ発電によって、2050年までに北アフリカの電力需要の80%、ヨーロッパの需要の15%を賄う事ができると見積もっています。
モロッコは2、30年後にはエネルギーを自給自足できるようになるかもしれません。このテクノロジーが生み出すエネルギーは世界の貧しい国々に電力と収入の両方を与える可能性があります。
シューマンが100年余り前に考案した装置の現代版は、人類のエネルギー需要を満たすのに大きな役割を果たすかもしれません。
およそ1600平方メートルの砂漠から、太陽エネルギーの10%を集めるだけで、現在人類が消費するエネルギー量のおよそ2倍を供給することができる計算です。
太陽エネルギーの活用法は他にもあります。
光合成によって成長する植物を利用するバイオマス発電です。
[エネルギーの自給自足]
人類が現在使用しているエネルギーのおよそ11倍のエネルギーを供給できると推定しています。
アメリカでは、乗用車、トラック、バスなどの自動車が1000人当たり800台以上存在します。
発展途上国が同じ道を辿れば、地球上で600億台の車が行き交うことになり、ガソリンやディーゼルの消費で二酸化炭素が年間120億トン増える計算。それも大量の石油があればの話です。
しかし、こうした心配とは無縁の国が1つあります。
9:35
[サンパウロ州研究支援財団]カルロス・クルス
もし、なんらかの理由でこの世界から石油が一滴残らずなくなったとします。それでもこれまでどおり車が走行を続けられる唯一の国がブラジルでしょう。
昔からそうだったわけではありません。
1970年代のオイルショックでは他の先進国と同様にブラジルでもガソリン不足が起きました。
当時の軍事独裁政権は画期的な決断を下します。軍事独裁政権というものは、多くの点で好ましくありませんが、当時のブラジルの軍事政権は科学技術の発展が国の発展に役立つということを理解していました。
1975年、ガソリンに替えてエタノールを使用する国家計画が首謀されました。軍事政権ですから、国家主義的野望もあってやったことでしょう。
物理学者のジョセ・ゴールデンベルグは農業の とともにこの計画に取り組み、輸入ガソリンに替えて、サトウキビから作ったエタノールを使う事を提唱しました。
人々はガソリンに代わる選択肢があるとしって驚きました。それまで車の燃料といえばガソリンでしたからね。10:47
[(話)サンパウロ州研究支援財団 カルロス・クルス]
サトウキビから、エタノールなどのアルコール類を作ることは、人類が昔からしていた事で、特別新しい事ではありません。
雨と太陽に恵まれたブラジルですが、燃料の自給自足を確立するためには、政策と投資が必要でした。
”政府の意思決定が功を奏しました。単に天然資源に恵まれただけだはなくて、政府はじっくり考えて計画的に必要な条件を整えていきました。
もちろんはじめのうち、エタノールは高価でしたが、それは政府も理解していました。みんな新しいテクノロジーが開発された当初はコストがかかるものだとわかっていました。”11:30
ブラジルの政策は成功を収めます。
”それから10年間、エタノールを100パーセント使って走る車は世界でブラジルしかありませんでした。そしてそのために
エタノールの流通システムが完備されました。”
”1980年代末には自動車の大半が純粋エタノール車になっていました。”
自動車会社は純粋エタノール車の量産体制を整えます。12:01
GMブラジル
エンリケ・ペレイラ
"当時、我が社が販売する車の97%はエタノール車でした。"
その後、石油価格が下落に転じたため、エタノールに補助金を出し続けることは、賢明な政策ではなくなります。
しかし、サトウキビの主要な生産国であるブラジルは、ガソリンとエタノールのどちらでも使える自動車の開発を模索し始めます。12:28
エンリケ・ペレイラ
"1980年代終わりからどちらの燃料でも走行可能な車を検討し始めましたが、当時はそのようなフレックス燃料車を走らせる技術は私たちにはありませんでした。”12:40
どちらの燃料でも走れる新種のエンジンは80年代にアメリカで発明されていました。
しかし大量生産によるフレックス燃料車の第一号、フォルクスワーゲン・ゴルは、アメリカではなくブラジルで2003年に売り出されます。12:58
実はこの時もブラジル政府が後押しをしていました。
"前年の2002年、政府はフレックス燃料車を製造した会社に対して、減税を行う方針を打ち出していたのです。ブラジル政府の政策は、時に方向転換や変更はあったものの、しっかりとした成果をあげたのです。
人間が天然資源を計画的に活用した例だと言えるでしょう。
エンリケ・ペレイラ
"今現在、GMブラジルで製造している車はすべてフレックス燃料車です。”13:36
今、ブラジルの消費者には選択肢があります。コストは割高でもエネルギー量で勝るガソリンか、エネルギー量は劣るけれども低コストのエタノールか。
毎月、ブラジルで販売されている自動車の95%がフレックス燃料車です。13:54
ガソリンの代替燃料という観点からブラジルは非常にユニークな国といえます。ブラジルでは既にエタノールの使用量がガソリンを上回っています。14:07
これは小規模な実験ではなく、大規模な実験なのです。
ブラジルの研究者たちは、森林を破壊することなく利用されていない農地や牧草地だけを使って、バイオ燃料の生産地を10倍に増やせると言います。14:23
サンパウロ州研究支援財団
カルロス・クルス
”バイオ燃料が持続可能な代替燃料となるには食糧生産と競合させない事が大切です。14:33
そしてもちろん、環境破壊を引き起こさないことが絶対条件となります。”14:40
ブラジルでは、石油の輸入に依存していた時代から、エネルギーが自給自足できるまで順調に来たように見えるかもしれませんが、実際には紆余曲折を経てフレックス燃料車に辿りついたのです。14:57
終始変わらなかったのは、国家がその国固有の可能性や、天然資源を見据えてきたという点です。15:06
エタノール推進の立役者、ジョゼ・ゴールデンベルク は、重要な教訓を学びました。
元ブラジル環境相
ジョゼ・ゴールデンベルク
”方針を決めたらその方針を貫き通す勇気を持つことです。”15:20
[風力発電について]
化石燃料からの脱却を歩み始めた自治体は、他にもあるのでしょうか。15:28
地元住民の抵抗という大きな壁を乗り越えて、風力発電の基地となった2つの地自体を紹介しましょう。15:36
[風力発電の町]
2つの町は一見大きく異なります。
[デンマーク サムソ島]
サムソはデンマーク本島の沖合に浮かぶ小さな島。
[テキサス州 ロスコ―]
もう一つはアメリカ南部の乾いた広大な土地。15:55
両方に共通しているのは豊かな風力です。
サムソ島では、風力発電量が消費量を上回り、余剰電力をデンマーク本島に送る事もあります。16:07
また、テキサスの風が作る電力は、隣接する他の3つの州を合わせた発電量に匹敵します。
どちらの自治体も地域の協力を得ることに成功してきましたが、住民の抵抗は多くの再生可能エネルギー・プロジェクトの障害となってきた難題です。16:25